私たちの声

『グローバルヒューマン』

現在、イシス神戸には35歳以上の若者が7名参加している。私は彼らが生きた10年から20年にかけて就労しないままの人生を考えてみました。

20数年前、私はアメリカの知人を頼りニューヨークに渡りそこで生活を始めました。私は、26歳でした。わずか2週間の観光ビザを貰い4年近くマンハッタンの各地を転々として友達を作り楽しく生活をしました。しかし、私の立場は不法滞在というものでした。

英語が少し上達してアメリカの社会にとけ込めるようになりましたが、不法滞在という存在のあり方が私自身を不安にしていました。出入国のさいに、このことを税関で指摘され移民局に出頭した思い出があります。

なぜ私はこのような恥ずべき体験を書いているのかといえば、実はニューヨークを始めアメリカの社会には私と同じようにわずかな日数の観光ビザで10年15年と生活している人が多く存在しているのです。当時の時の政府は10年15年と生活した人を不法滞在と呼ばず、アメリカ社会に自然と適応(ナチュラル化)したとみなして、数万の人に永住権(グリーンカード)を渡したのです。社会の中に不法滞在というマイナスの存在でいた人を社会の一員として受け入れて文化・経済の発展を手を取り合ってやっていこうというメッセージでもあったのです。アメリカの移民の歴史を考えさせられます。

今、神戸で出会う15年以上社会参加せず引きこもりというマイナスの存在名を受け入れている青年と語り合うことがあります。39歳になった彼を思うと実はそんな生き方がナチュラル化したのではないか、そんな生き方とは社会不安と戦い、引きこもってからひょっとしたら精神が狂いそうな状態を過ごし、緊張と不安のストレス、さらに絶望と死にたいと思う日々を過ごし10年15年と細々と静かな人生を獲得してきた生き方なのでしょう。そんな生き方をした人を私は「ナチュラル化」した青年と呼ぶようにしています。

一つだけ疑問があります。そんな生き方をした青年を社会のマイナスの属性の言葉である引きこもりと呼び続けていいのだろうか?青年達はこの日本の社会でなにか自分たちでも出来る社会活動を考え始めています。

このようにして、私はナチュラル化して10年20年と生き続けた若者に対して「引きこもり」という名称を使わず、日本の社会に生き抜いた地球人(グローバルヒューマン)と考えるようになりました。私は今後10年15年と社会参加せず私と出会った若者には「君は実はグローバルヒューマンなんだよ」と伝えたいです。そして「私たちは君を待っていたんだ」と心から叫びたいです。

日本の社会もギアを入れ換えて引きこもりという言葉から青年達をグローバルヒューマンと呼ぶときがやってきたかもしれません。もしそう呼ぶようになったら、日本の社会も青年達の行く末も可能性と未来を獲得するに違いありません。