私たちの声

『ひきこもり時々居場所』

私はひきこもり者が居場所に通っているといって、ひきこもり状態から脱しているとは思っていない。自分自身のこととして。毎日通っていたり、スタッフになっていたりすれば別だが。私の自宅は居場所まで遠いのだ。それに駐輪場代と電車賃がかかる。でもそんなの言い訳にしかならない。私の場合、体力的に毎日通うのがしんどいのだ。こんなじゃあ働くのは無理だ。だから最近、毎日通うよう努力している。

でもまず、朝が起きられない。朝が起きられない日は、昼まで寝ている。そして起きるのかといえばそうじゃなく、食事もとらないで、夜までベッドに横になっている。何をするでもない。コーヒーを飲んでタバコを吸って、ミスチルの音楽を聴いて、しんどいのを我慢している。「Mさんどうしているかな」と思っている。

Mさんというのは居場所のスタッフで、私はMさんに亡きお母ちゃんを見ている。母親を亡くした悲しみというのは、どんなものなのか体験者にしか分からないだろう。私は父親も亡くしているが、母を亡くしたときはその数倍悲しみは大きかった。

そして暗くなってからモソモソと起きだし、米一合を炊いて、スー パーへお総菜を買いに行っている。私は近所の人に昼間、姿を見られるのが嫌いなのだ。あそこの兄ちゃん、働いていない。そう思われるのが何よりも私は辛い。けれど、私がひきこもっているのはバレているだろう。それでも居場所へ行く日は、朝8時30分に家を出て、夜6時30分に帰ってくる。

私の家の門は、あけると大きな音がするのでいかにも「今帰って来たぞー」と動いているかのように主張しているのだ。それでも働いていないことはバレているだろう。朝ゴミを出したり、トイレの音、チャイムが鳴ったら出なくてはならないこと。チャイムはなるべく出ないようにしているが、宅急便だと出ないといけない。その他、昼間外に出ないといけないことはたくさんある。そんな時、近所の人に目撃されることは多い。あの兄ちゃん、ひきこもっているわ。と思われているのかと思うと嫌で嫌でたまらない。穴があったら入りたいとはこの心境だろう。

ある評論家が精神科医を批判して、ひきこもりは「往路」「滞在期」「帰路」に分かれ、放っておいても自然と治ると言っているが、私は精神科医の言っていることの方が正しいと思う。放っておいたら治らない。私のように病気を持っているひきこもりには。精神科医が言うように、第三者の存在が必要になってくると私は思う。ときには訪問も必要だろう。本人が嫌がっている場合は別だが。ましてやオサダ・ビンラディンは論外だが。私のように38歳にもなろうかとしている人間には、早くひきこもりから抜け出したい。親も亡くなっているし、何とかしたい。世話人に何とかして欲しい。家まで訪問して欲しい。と思っている。

私の場合は、神経症で対人緊張、対人恐怖だ。ひきこもりで最も多いと件の精神科医は言っている。私は今まで、神経症が先で後からひきこもりになったと思っていた。でも登校拒否をしているし、それまでは神経症じゃあなかったし、ただ単に発病していなかっただけで、思春期に発病したのかもしれないし、もう私には分からなくなってしまった。

私は居場所に通っていても「ひきこもり感」が消えないのだ。休みの日には、この「ひきこもり感」がたまらなく、こころを占領してしまうのだ。

南川 淀(38歳)